和の国の稀有なアート性

建築史学を専攻する方の話を聞いた。日本人が建築物にアート性を求めないのには理由がある。それは美しい自然があるから。

人には信仰心がある。西洋では宗教を信仰し、祈る場所として教会を建て、信仰対象をそこに宿す。立派な外観で人々から見える場所に建てられる。丘の上や街の高台、小さな街では一番高い建築物であることも珍しくはない。そんな人々の信仰を集める教会が質素な外観であるとどうだろうか。崇拝するものを祀る建築物に人を惹きつけるアート性を持たせることで、より信仰心を強めることになるのだと言う。西洋の建築におけるアート性は、その感性が受け継がれているのかもしれない。

日本にも信仰する宗教はいくつかある。では、なぜ建築物はこうも違うのか。それは、日本にはそれ以前に、世界でも有数の美しい自然があるからだ。四季折々の美しさを毎年体感しながら暮らしている日本の人々は、花見を楽しみ、夏の風物詩を感じて、秋晴れの中で紅葉を目に焼き付け、白銀の世界の澄んだ空気を吸い込む。飽きずに巡るこの春夏秋冬にどれほどのアート性を感じているだろうか。建築物にアート性を求めるまでもなく、四季によって芸術に心満たされているのかもしれない。

日本にもアート建築や美術館はある。近代美術を普及する動きもある。もちろんそれらの作品は素晴らしいもの。ただ、日本の人々の心を根本から動かすものは何か。そこには”四季”が必要なのではないかと思う。景色でも、気候でも、虫の声でも、木々でも、生き物でも、どんな風物詩でもいい。“季節性”というアイテムをどう芸術に取り入れるか。音楽とコラボレーションしていくか。考えているだけでワクワクする。

深い霧の先へ/涙と決意

大窓から光差し込むデザイン空間

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